仲間意識なんていらない。「仲間意識が持てない」「仲間意識が苦手」と悩む必要もない

2019年10月10日

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「私たちは仲間だ」

この言葉をすんなり受け入れられない時があります。

同じチームにいたら無条件で仲間なのか?

同じ組織にいたら、仲間なのか?

もちろんそうなら理想だけど、みんなが同じ方向を見て、心の底から一致団結している組織って、なかなかない。

みんな自分にちょっとずつ嘘をついて、ちょっとずつ我慢して、周囲の価値観を受け入れて、なんとか組織という形を保っている。

それが現実。

この現実をぼくは

「まじで大人ってめんどくせー!

みんなでそうやって探りあって、なにがいいの?それでも仲間?」

なんて目ではこれっぽっちも見ていないし、見る気もありません。

ぼくは仲間意識を既存の組織でつくること自体、限界があると思っています。

同じ組織だから仲間なわけじゃない。同じ志をもつから仲間なんだ

はじめから仲間意識を持った組織って、同じ志を持った人間が、同じタイミングで、同じことを始めない限り難しいです。

冒頭で紹介したツイートにもあるんですが、仲間かどうかというのは、「同じ組織だから」というようなものじゃない。

もっと内面的なつながりが仲間かどうかの決め手です。

あなたと「同じ志」を持っている人って、自分の所属してる組織に何人いますか?

「そんな寂しいこというなよ」っていう人もいるかもしれない。

寂しくもなんともないですよ。「その場には」仲間がいないだけで、どこか別の場所にはいるかもしれない。

「仲間意識が持てない」と悩む人の大半が、仲間意識を持たなきゃならないと勘違いしています。

志が違うからって、他人を責める権利もないし、こちらが責められる筋合いもない。

志が違うのに、それを無理やり合わせようなんて、だれのためにもならない。

自分自身のためにも、相手のためにも。

どちらにもメリットなんてない。

これを無理やり合わせようとすることを「妥協点を見出す」というんだと思いますが。

ただ、妥協点を見出すしかない仲に、仲間意識なんて芽生えると思いますか?

仲間意識は「芽生える」ものだ。第三者がつくれるものじゃない

同じ組織内だからといって、無理に仲良く歩調を合わせる必要なんてありません。

本当の仲間に出会うためにも。

仲間意識が芽生えるような中になるためにも。

相手が仲間かどうかは、出会ったその日に決まるものではないんです。

仲間なんて、そんなに簡単にできるもんじゃない。

仲間が大事なのは、簡単にはできない貴重なものだからです。

常に自分を磨いているから、いい仲間に出会える

「類は友を呼ぶ」という言葉は本当です。

みんな、自分と似たような価値観を持った人と一緒にいることを好むんです。

「いや!自分は自分と違った価値観を持った人にこそ魅力を感じるから、それには当てはまらない!」

という人でも、結局自分と似た価値観を持った人とのつながりもあるから、冒険心が働いているだけです。

自分の価値観と大きくかけ離れた人とは、ずっと一緒にはいられない。

この事実は、だれにも変えられません。

だから、もしいい仲間に出会って幸せになりたかったら、自分自身がいい人間になる必要があります。

いい仲間意識を持ちたかったら、自分がいい人間になる必要があります。

仲間意識が苦手なんて悩みは必要ない

「仲間意識が苦手」なんて、悩む必要がありません。

ぼくも、仲間意識は苦手です。

ただ、それに対して悩んではいない。

仲間意識を強要されることは、ここまで書いた通り、筋が通らないことです。

だから、仲間意識を求められるのは苦手以上に「ダメでしょそれ!」というスタンスです。

心を許しあえる仲間がいない。

自分は孤独だ。

なんて落ち込む必要もない。

孤独なくらいがちょうどいい。

孤独だから、志を共にできる仲間の存在が大きいんです。

そんなに簡単に仲間なんてつくらなくていい。

必死に目的に向かって生きていれば、その時に必要な仲間は勝手に自分のもとに集まるんです。

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日記

Posted by ginjiro